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北国に新しいモダニズム建築を誕生させた多才な建築家 『田上義也(たのうえ よしや)』

2015年12月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2015年11月1日時点の内容です

ライトからの学びを胸に、関東大震災後に札幌へ

1923(大正12)年12月、紳士淑女が集う西洋式ホテル、豊平館(ほうへいかん)のクリスマスパーティーで、一人の青年がバイオリンを披露し、大きな喝采を浴びていた。青年の名は田上義也。人々は彼が音楽の名手というだけではなく、あの世界的に有名な建築家、フランク・ロイド・ライトの下で"帝国ホテル"の建築に携わった事を知り、2度目の驚嘆の声を上げた--。

田上は、旅人として訪れた札幌にそのまま身を寄せ、晩年まで住宅や公共施設など、多くの建築を手掛けた。『田上義也と札幌モダン--若き建築家の交友の軌跡』を執筆した北海道立近代美術館主任学芸員の井内佳津恵(いうちかつえ)さんは、田上建築の魅力を次のように語る。「田上氏の戦前の建築は、まるで彫刻のようながっちりとした力強さを持っています。空間的な凹凸や陰影が豊かで、緊張感があります」

初期の代表作として名高いのは、市民の保存活動により復元・移設され、カフェとなった「ろいず珈琲館 旧小熊邸」(1927年築・札幌市中央区)。ライトが得意とした水平を強調するプレーリースタイル(草原様式)が印象的だ。「田上氏は設計当初、ライトから学んだ造型を自分なりに表現する事に夢中だったように思えます」

写真左:カフェとして生まれ変わった「ろいず珈琲館旧小熊邸」(札幌市)
写真中央:小樽市指定歴史的建造物となっている「坂牛邸」(小樽市)(提供:NPO小樽ワークス)
写真右:1936年竣工の網走市立郷土博物館。内部にはらせん階段も(網走市桂町1丁目1-3)

西洋式開拓の文化が香る街で新しいモダニズムの種をまく

田上は、音楽や芸術を通じて、地元の名士など多くの建て主に恵まれる。「北海道といえば自然がたくさんあって、食べ物がおいしいというイメージですが、明治維新後に開拓使によって莫大(ばくだい)な資金が投入されて、これほど短期間に近代化、西洋化した街はないんです。その土壌があったからこそ、斬新な造型性を持つ田上氏の建築が面白いと受け入れられたように思います」

自身も芸術活動を盛んに行い、詩と版画の同人誌『さとぽろ』に参加した他、1937(昭和12)年には札幌新交響楽団の設立に参画、正指揮者を務めた。「田上氏のデザインした建物を大切に思い、残したいという市民の方がたくさんいます。そんなふうに人々の心に残る建築を作った、そのことも素晴らしいことだと思っています」

PROFILE

田上義也(本名は吉也)

1899(明治32)年、栃木県那須野原(現・那須塩原市)生まれ。軍人の父の方針で陸軍幼年学校に入学するが自ら青山学院に移り、後に早稲田大学付属早稲田工手学校を卒業。1915(大正4)年クリスチャンとなる。1919年フランク・ロイド・ライトが設計する帝国ホテルの建設事務所に入所。関東大震災後北海道に移り、建築家として住宅や公共施設などを手掛ける。北海道文化賞受賞、北海道開発功労賞受賞、1991年逝去。

EPISODE

戦前の芸術家の交遊を核に田上の見た時代を展開

多くのアーティストが芸術に心躍らせた1920年代。田上自身も参加した同人誌『さとぽろ』を軸に、その時代のモダンな空気を映し出す展示がこの冬札幌で開催される。田上がデザインした家具も展示予定。

編集:(株)KADOKAWA 文:山平有紀

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2015年12月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2015年11月1日時点の内容です

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