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北海道日本ハムファイターズ内野手 田中賢介さん

2016年5月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2016年4月1日時点の内容です

最高のパフォーマンスを届けたい

球春。ことしもプロ野球のペナントレースが開幕した。北海道日本ハムファイターズの本拠地、札幌ドームを訪ね、栗山英樹監督から「全幅の信頼を置いている」と言われる田中賢介選手に、プロ17年目のシーズンを迎えた今季の意気込みと野球への思いを伺った。

守備固めでの起用が転機に

北海道日本ハムファイターズが本拠地を札幌ドームに移した2004年から応援を続ける道産子ファンにとって「黄金の二遊間」と言えば、田中賢介-金子誠(現・打撃コーチ)だろう。

けれど田中選手本人は「入団したころは守備が下手で、怒られてばかりいました」と話す。試行錯誤していたある日、「リードしていた試合で、守備固めで途中起用されたんです」。それが自信となり、後の活躍に結び付いた「自分にとっての転機」という。チームが日本一に輝いた、06年のことだ。

野球を始めたのは小学2年。当時、野球部だった9歳年上の兄の試合を観戦して影響を受けた。高校時代には甲子園に出場し、そこで松坂大輔投手(現・福岡ソフトバンクホークス)との対戦経験もある。2安打完封で敗れたが、そのうち1本は田中選手が放ったヒットだった。「でも、開始時刻が早い試合で、打ったシーンはテレビ放送に映らなかったんですよ」と笑う。

プロ入り2年目、開幕戦での初本塁打は思い出深い。「その直前に、小学校時代からずっとお世話になった恩師を亡くしていて。ああ、監督が打たせてくれたんだな、って思いました」

06年からチームの主力として貢献し、選手会長も経験。「どこでも生きていける自信がついた」と語る米国メジャーへの挑戦を経て昨年古巣へ戻り、チーム内ではいつしかベテランと呼ばれる。「自分が若手の時、金子さんや稲葉(篤紀)さんたちが見ていた景色を、今自分が見ているんでしょうね」

写真左:田中選手は右投げ、左打ち。愛用のバットは「ヘッドがやや太めの物ですね。重さは890gくらいなので、平均的だと思います」
写真右:ヘルメットはシーズン初めに球団から支給される。田中選手はMサイズ

田中選手にとっての調子のバロメーターは「朝、起きた瞬間」。元々寝起きは悪くないが、目覚めが爽快な日ほど体も動くという。そして、バッティングの調子が良くない時には「あえてバットを置く」ことを心掛けている。「悩んでいる時にバットを振り過ぎると、いい結果を生まない。その分、体のケアなど別のトレーニングに時間を割くようにします」

また、守備において何が大切か、という問いには「普通の球を普通に捕る。ピッチャーが打ち取ったら、確実にアウトにすること」と即答。「そして、応援してくれるファンの皆さんの前で最高のパフォーマンスを披露できた時が、一番気持ちがいい瞬間ですね」

写真左:指2本をグラブの外に出す独特のスタイルは「プロ選手の中でも自分だけでしょうね」
写真右:足のサイズは26.75㎝。スパイクは競技用シューズの名工・三村仁司さんが手掛ける

オフは北海道の温泉で気分転換&リラックス

札幌で暮らし始めてから、より北海道が好きになった。オフには温泉へ出掛けてリラックス。「昨夏は十勝、冬には美瑛方面へ出掛けました」。プロ17年目を迎えた今シーズンの目標は「全試合出場」ときっぱり。「そのためにはケガなく健康第一です」と笑顔で語った。

PROFILE

田中賢介(たなか・けんすけ)

1981年、福岡県出身。東福岡高校卒業後の2000年、ドラフト2位で日本ハムファイターズ(当時)に入団。13年に渡米し、サンフランシスコ・ジャイアンツ、テキサス・レンジャーズ3Aを経て15年シーズンより北海道日本ハムファイターズに復帰。これまで、記者投票によるベストナインに昨年を含む6度選出され、ゴールデングラブ賞を5度受賞している。内野手でポジションはセカンド。176㎝、78㎏。背番号3、右投左打。

DATA

北海道日本ハムファイターズ

http://fighters.co.jp

編集:(株)KADOKAWA 文:矢代真紀 写真:齋藤義典

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2016年5月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2016年4月1日時点の内容です

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