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凧(たこ)師/東京江戸凧 匠(たくみ) 小山仁子さん

2017年1月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2016年12月1日時点の内容です

心で揚げる、飾り凧

凧といえば空高く舞い上がる姿を思い浮かべがちだが、「飾り凧」は江戸時代から受け継がれる技法で作る縁起物。札幌の女性凧師のアトリエを訪ね、仕事の魅力について伺った。

国内にも数少ない女性凧師

日本のお正月の風物詩である色鮮やかな凧。古くは中国から伝わり、江戸時代に参勤交代の武士が手土産として各地方に持ち帰ったことで、独自の郷土色豊かな凧が誕生したとされる。

その文化を現代に受け継ぐ、国内でも数少ない女性凧師が、小山仁子さんだ。屋号の「東京江戸凧 匠」には、日本の首都である東京から江戸という大河の流れでたどり着いた凧、の意味が込められている。

もともと、絵を描くのは好きだったが、凧との出合いはまったくの偶然だった。ある年、札幌の夏祭りの日に友人と入った飲食店が混雑しており、「相席になったのがたまたま東京の凧師の方で、後日、作品を送ってくださったんです。それがとても美しくて興味を持ち、文献などを調べました」と話す。

それが縁で上京し、凧師としての第一歩を踏み出した。もちろん職人気質が濃い世界であり、先人の手先を見つめながら独学で技術を習得する日々だったという。当時は実演販売で百貨店を回るなど、さまざまな経験を積んだ。

写真左:江戸歌舞伎を描いた飾り凧の作品から、弁慶(上)と助六。「人物画の中でも、弁慶はごついイメージがあるので描くのが難しいんですよ」と小山さん。付属品のコマも、1本の木から削り出した伝統工芸士の作品
写真右:絵を描く筆や硯(すずり)など、愛用の道具類。手描きなので同じ絵柄は世界に二つとなく、繊細な作業が続く

竹の皮と和紙を用いてひとつひとつ手作り

独立して北海道に戻ってからも制作を続け、すでにこの道30余年になる。京都の真竹の皮と和紙を用いて、ひとつひとつ手作り。和紙は昔ながらの技法で作られる富山県産の悠久紙を使用する。「年々、職人の方が減っていて、和紙の在庫を確保するのが難しくなってきています。竹もそうですが、優れた材料の入手は、今後の課題になってくるかもしれません」

仕事場に飾られた「手描き飾り凧」のオリジナル作品は、どれも色彩豊かで美しく、そして温かい。お祝い事や記念日などに用いられることが多く、名前を入れた夫婦凧や、赤ちゃんの手形、足形を入れた物、家紋やえとの凧など眺めるだけでも楽しくなる。

「飾り凧には意味があり、竹は、節目ごとに上昇し、真っ直ぐ人生を歩むように。糸は人と人の絆を表現しているんです。人生の壁を乗り越える強さと、上昇・常勝という応援の意味を込めて、日々制作しています」

この意味合いが自分にぴたりとなじみ、「それを目に見える形で表現できること」が、小山さんにとって仕事の大きな魅力という。凧を通じて作り手の思いが伝わり、人の輪が広がって現在に至ることを、誰よりも実感しているそうだ。

「飾り凧は心で揚げる凧。恩師や応援してくださる方への感謝の気持ちを忘れることなく、これからも長く作り続けていけたらと思っています」

写真左:凧の制作には欠かせない竹と糸。竹は丈夫な物でないと割れてしまうため、厳選している
写真中央:時計台やラーメンなど札幌の風物を描いた、ご当地飾り凧。土産品としての需要もある
写真右:赤ちゃんの手形、足形を入れた凧の額は、出産のお祝いに人気

PROFILE

小山仁子(こやま・くにこ)

1957年、札幌市生まれ。1983年、江戸時代からの菊川派の流れを組む凧師・菊匠三代目小塚菊太郎氏に師事。江戸凧の基本を学ぶ。その後、凧絵の基礎を絵馬師の殿村進氏に師事。7年間修業し、東京を中心に各地の百貨店やホテル等での実演を重ねる。1993年、北海道に帰郷して「東京江戸凧 匠」を立ち上げ、独立。現代的な感覚を取り入れた「手描き飾り凧」を中心に、手作業によるオリジナル作品の制作を続けている。

編集:(株)KADOKAWA 文:矢代真紀 写真:齋藤義典

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2017年1月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2016年12月1日時点の内容です

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