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全日本スキー連盟ジャンプ女子代表コーチ/山田いずみさん

2017年2月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2017年1月1日時点の内容です

平昌冬季五輪を、目標に。

今季、スキージャンプ・ワールドカップ(W杯)で好調なスタートを切った日本女子代表チーム。歴史の浅い女子ジャンプ界の草分けであり、日本人女性で初めて女子代表コーチに就任し、多忙な日々を送る山田いずみさんを訪ねた。

女子ジャンプ界のパイオニア

ウインタースポーツシーズン真っ盛り。近年、アイススケートやノルディックスキーの世界大会における日本人選手の活躍は目覚ましい。女子のスキージャンプ界をけん引する高梨沙羅選手のパーソナルコーチでもあり、全日本スキー連盟ジャンプ女子代表コーチを務めるのが、山田いずみさんだ。

「パイオニア」とか「レジェンド」と称される彼女だが、歩んできた道のりは決して平坦ではない。なぜなら、日本では彼女より前に、女子ジャンプ選手が存在しなかったからである。

スキーインストラクターをしていた父親の指導の下、2、3歳の時にスキーを始めた。「幼稚園のころ、近所の年上のお兄ちゃんたちがジャンプを飛ぶのを見て、格好いいと憧れたのがきっかけです」。小学1年で初めてジャンプ台から飛び、3年まではアルペン競技も並行して練習していた。

どちらに絞るか決める際には「飛ぶのが楽しかった」ことはもちろん、女子では珍しいと注目されていたことも手伝ってジャンプ競技を選んだ。しかし中学卒業時、札幌市内にはスキー部に女子ジャンプの受け入れ態勢が整った高校がなく、「やめなければならないのか」との思いもよぎったという。

結局、小樽の高校へ進み、3年の時に大倉山ジャンプ競技場で、日本人女性で初めてラージヒルを飛んだ。小さいころからの夢が、ひとつかなった瞬間だった。けれど「短大でもトレーニングはいつも1人。地方の大会へも、自分で車を運転して出掛けていました」

そうして「道なき道」を切り開き、2009年、女子ジャンプ初の世界選手権開催に至る。前年夏の国際大会で初優勝を飾り、「日本人でも勝てる」という達成感を得ていた山田さんは、この世界選手権を区切りに引退しようと決めていたそうだ。

コーチとしての喜びは選手が結果を出すこと

全日本スキー連盟からコーチとしての誘いを受けたのは、その4年後。2年前に長男を出産したばかりだったが、「このチャンスをつかまないと、次は当分ないと思い、即決しました」と話す。コーチ業で一番うれしいのは、選手が大会で結果を出したとき。今シーズンのW杯では、開幕から2戦続けて高梨選手が優勝、伊藤有希選手が2位という最高のスタートを切った。

「技術的な面以外に、心のケアも大切です。選手が話をしたいとき、そばで聞いてあげられるように、いつも見ていたい」。山田コーチの目は、すでに来年の平昌冬季五輪を見据えている。

写真左:コーチとして競技を見守る山田さん。選手の技術指導において、一番の仕事道具は「自分の目」だそう。「実際にジャンプを見て、それぞれの選手に必要なことを判断し、的確に伝えるのが私の仕事です」
写真中央:愛用のデジタルカメラ。動画で選手の飛行を撮影し、それをチェックしながらアドバイスを送る
写真右:海外遠征が多いことから、いつも携帯しているパスポート。「いざというときに、ないと困る物なので」

PROFILE

山田いずみ(やまだ・いずみ)

1978年、札幌市生まれ。北海道女子短期大学卒。小学1年からノルディックスキージャンプ競技を始め、中学1年でノーマルヒル初飛行、小樽工業高校3年の時に日本の女子で初めてラージヒルを飛んだ。以後、国内大会で数々の優勝を飾る。2008年夏、国際大会のコンチネンタルカップで日本人初優勝。09年3月に現役を引退。11年に男児を出産し、13年に日本人女性初となる全日本スキー連盟ジャンプ女子代表コーチに就任した。

DATA

写真の「美翔女」は、山田さんが編集長を務めるフリーペーパー。女子スキージャンプを応援する普及活動の一環として年2回発行する冊子で、2016年12月発行の冬号が最新号。ジャンプ競技場や札幌市内のスポーツ店などで配布
公式ブログ「いっちはできる子」」
http://ameblo.jp/izumidaruma/

編集:(株)KADOKAWA 文:矢代真紀 写真:齋藤義典

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2017年2月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2017年1月1日時点の内容です

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