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北の希少豆 赤エンドウ豆の故郷 北海道/北の希少豆 赤エンドウ

2017年3月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2017年2月1日時点の内容です

老舗和菓子店に愛される上富良野産の赤エンドウ

ラベンダー畑の美しさや、倉本聰脚本のテレビドラマ「北の国から」で全国に知られる富良野地方。ことしは演劇塾「富良野塾」がモデルとされる山下澄人の小説「しんせかい」が芥川賞を受賞し、新たな話題の的になった。

富良野地方の中で最も北に位置する上富良野町は、人口約1万人の農業と観光の町。夏の最高気温は30℃以上、冬の最低気温はマイナス20℃以下と寒暖の差が大きく、米やメロン、ジャガイモ、ホップ、小麦や多様な野菜が栽培されている。そして、道外の老舗和菓子店や甘味処で珍重される隠れた特産品が、地元では¨赤エン¨と呼ぶ赤エンドウだ。「上富良野百年史」によると、1899(明治32)年には赤エンドウの栽培が確認されており、120年近く続く生産の歴史が、今も北の大地に息づく。

写真:富良野地方の赤エンドウ作付面積の約9割を上富良野町が占める。生産量は日本一、みつ豆の豆や落雁などの原料として国内需要の約6割を満たす

輪作でしか栽培できず雨や気温の影響で不作に

父の代から赤エンドウを作り続ける宮島正志さんは、子どもの頃は収穫を手伝わされるのが、嫌で仕方なかったという。生育時期が他の豆類より早く、真夏の暑い盛りに収穫を迎えるからだ。

「家族総出で刈り取った株を手作業で積み上げて、もう汗だくでしたよ。機械化が進んだ今も、収穫作業は土ぼこりまみれ。毎年『ああ、厄介なのがやっと終わった』とホッとします」と宮島さんは屈託なく笑う。

JAふらの
豆部会 部会長
宮島 正志さん

明治時代から続く開拓農家の3代目。富良野地区5市町村の農業を統括する「JAふらの」で、豆の栽培に関わる農家約110戸(うち約60戸が赤エンドウを栽培)が所属する豆部会の部会長を務める。豆採種部会の部会長を兼任。

JAふらの
販売部 米穀課 雑穀係
松野 章宏さん

豆類を中心に栽培技術の指導や販売推進、買い取りを担当。品質検査員でもあり、赤エンドウは小豆や大豆などと違い、農産物検査法に基づく農産物検査規格による等級がないため、自主的な品質保持や格付けに気を使うという。

¨赤エン¨栽培は天候との闘い

豆類は連作すると極端に収量が落ちるため、収穫した後は次に豆を植えるまで、最低でも7、8年は間を空ける。小麦やジャガイモ、ビートなどと組み合わせた輪作で栽培するのが鉄則だ。
さらに、赤エンドウは発芽した後の霜に強い反面、さやに実が入った時期の雨や気温の変動には弱く、豊作になるか不作かは天候次第。

主な品種は、1978(昭和53)年に北海道の奨励品種となった「北海赤花」。一つのさやの粒数が多い

「¨赤エン¨は、豆類の中ではリスクが高いんですよ。雨に弱くて、収穫前の時期に雨に3、4日当たったら、もうダメ。それに18℃くらいまで気温が下がると、さやの中の豆が生命の危機を感じて、自分の遺伝子を残そうと発芽してしまう。そうなったら、売り物になりません。本当に1円にもならないんです」と真剣に語る宮島さん。

豆類の栽培指導を担当する「JAふらの」の米穀課雑穀係・松野章宏さんも「豆には¨適温適雨¨が必要です。豆をまく時期に畑の水分が多くて、その後カラカラに乾くと根が張らないし、夏に気温が上がり過ぎると生育が急に進み過ぎて、実が成熟する前に枯れてしまって」と言う。なぜ上富良野町では、そこまで育てにくい豆を作り続けるのだろう?

食べてもらうために作る豆 町内での消費量はゼロ?

「正直、やめたいと思うこともあるけど、¨赤エン¨はウチの輪作のサイクルに入っているからね。栽培を休んだ年は一度もないですよ」と宮島さんは胸を張る。松野さんは「需要が高いので、農協としてもぜひ作ってもらわないと(笑)。みつ豆の赤エンドウは、映画でいえば助演男優のような存在。名脇役がいないと、主役が引き立たないでしょう」と言い切った。

上富良野では天候不良で不作だった年に、製パン会社が豆パンの赤エンドウを外国産に切り替え、国産の方が風味が良いとの評価を受けたこともあった。

酸性の土壌を嫌う赤エンドウに上富良野の山間部の土が合っていたこと、輪作に必要な広い土地を擁していること、そして天候を読みながら農作業のスケジュールを緻密に調整し、毎年少しでも良質な豆を出荷しようと全力を尽くす農家の熱意があってこそ、ブランド力が高まったのだろう。一粒一粒、丁寧に手でより分けた富良野産赤エンドウの新豆といえば、高級和菓子の代名詞だ。

写真左上:赤エンドウは豆が成熟し、さやが重くなってくると自然に地面に倒れるので、そのまま適度に乾燥させる。豆の栽培に付き物の支柱は使わない
写真左下:同じ畑で豆を育て続けると、土壌の養分不足や病害虫が発生しやすくなる連作障害が起こるため、収穫後の畑では7、8年は他の作物を植える
写真右:北海道の大規模農業に機械化は必須。刈取りと脱粒(だつりゅう=豆をさやから出すこと)を同時に行うコンバインが登場し、収穫作業が効率化された

名産地なのだから、上富良野には赤エンドウを生かした郷土料理やご当地スイーツがあるのでは? と思ってしまうが、宮島さんからは「家では食べないし、町内の飲食店でも出していないですね。コンビニで豆大福を買ったり、東京に行った時に甘味処でみつ豆を食べたりはします」との答えが返ってきた。

収穫した豆は全て出荷してしまい、手元には残さない。人に食べてもらうためだけに、精魂込めて作物を育てる。農家としては当たり前のことかもしれないが、食べる側の人間としては、その姿勢に頭が下がる。

3月。北海道ではまだ春と呼べない季節。畑に高く積もった根雪に、融雪を促す黒い炭をまき、雪解け水でぬかるんだ土が乾くのを待つ。4月下旬から5月上旬に豆をまくと、6月下旬から鮮やかなピンクの花が咲き始める。青いさやは次第に茶色く色付いて重くなり、8月上旬には雨の予報に警戒しながら収穫の日を決める。北国の短い夏を駆け抜けるように、勢いよく育って実る赤エンドウ。その実には、大地の力と人々の情熱が詰まっている。

DATA

JAふらの [富良野市]

北海道富良野市朝日町3-1
TEL:0167・22・0881(米穀部)
http://www.ja-furano.or.jp

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2017年3月号 AIRDO機内誌「rapora」掲載
※情報は2017年2月1日時点の内容です

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